もしかしたら、たぶんうららかだった。陽射しに似るというその陰影は。嘘を嘘だとちゃんと信じることができてひとつも期待などしないでいいなら、あるいはなんだってほんとうだと信じることができてひとつも疑いなどしないでいいのなら。

 きっとうららかな午后だった。

 

 

 

光の庭

 

 

 

 きらきらと落ちてくる光の粒子、手を翳せばつかまえられそうで、そうだ砂みたいに壜へ蒐めたいとおもったんだ。

「下駄を、また履かないでいるね」

 腕をのばして空を撹拌する。

 背中のほうから声がきこえる。

「かまわないよ」

 僕は振り返りもせずこたえる。降り来る光の粒子がきょうはすこし多い気がする。微細なものから欠片みたいのまで、大きさのちがうのがちらちらと舞っていて飽きることなんかない。ここは、光の庭だね。

「帝、君、踊っているみたいに見えるよ」

「ふうん」

「ほら、waltzみたいに」

「ねえきみ、僕はそれをしらないよ。意味をもたない例示だ」

「そうだったね」

 かれはふっと目を細める。弧をえがく目蓋、そのながい睫毛から光が舞ったような気がした。きょうはなんだか光の分量が多いのかな。視界を、欠片や粒子の交錯が遊ぶ。かれの手、唇、髪、それらが揺れるたびそこからきらきらこぼれだしているようだ。

 かれが、光にかわっていく、そんな感じ。

 僕は空へ腕をのばして、にげてゆくそれらを追う。追いかけて、つかまえるみたいにする。

「帝?」

「うん。なに」

「ところで、前にも言ったけれど、それ」

「うん」

「掴めたりする、ちゃんと?」

 いったい、なんの意味があるだろう?

 その問いには。

 その、かけひきには。

「うん」。

 ほんとうはふれることなんてできやしないよ。

 光にふれているという幻覚、そんなものに取り憑かれたこどもの真似をする。それはなにかとってもきれいなようにおもうから。きれいに、みられたいから。

僕だってうそつきだ。僕だって平気で騙る。かれは僕の白痴の正体を見破ってそれでももしかしたらってすこし信じたりするから、そのあわいで僕と君とは成り立っているね。奇跡みたいに。

 だけど、ほんとうのときだってあるよ。ほんとうになにもかも忘れてしまうときだって。それを、あとで思いだして、羨んだりするよ。なにも知らないこどもめいた僕。

 だってたぶん、それが幸福っていうやつなんだ。

「ねえ、旬欄、光、こんなにたくさん降ってる」

 あんまりきょうは粒子が多いから、手で掬うみたいにしてみる。さらさらと砂を流すイメージで。こんなふうに、さわれているよ、っていうみたいに。

「そうかな。変わらないよ」

「どうして。きみにはみえないの」

 叛逆のつもりなら出来の悪い嘘だ。いまさらそんなのは通じないのに。ほら、こんなに、きみの唇からあふれたことば、すぐに光にかわってゆくよ。

「帝、それ、どんなふうに見えてる?」

「旬欄、それ、ほんとに言ってる?」

 あんまり可笑しくって、くすくすわらって、せりふの言いかたを模倣する。ほら、ほら、みえないの。そんなはずないくせに。

「きみがまえ言ってただろ。嵐、っていうやつみたい」

「……へえ」

「ね、これほんと、なんにも見えないよ」

 僕はおかしかった。それとなんだかうれしくなった。外で起こるという嵐ってやつを、体験しているような気になったから。こんなふうに、なんにも見えなくなるんだね。なんにも聞こえなくなるんだね。

「すごいね、旬欄」

 見えなくなったかれのほうへ腕をひろげて、くるりとまわって、それから駆け出してみたいとおもった。その、光の庭へ。きみから放たれたうつくしい庭園へ。

 

「だめだよ」

 

 引き留めたのはだれだろう。

 そんなに、やさしい、けれどいつよりずっとするどい声で。

 きみはもう光になってしまったのに。

 なんにも、みえない。

 強く掴まれた腕が痛くて、だけど、その痛みがうれしいとおもった。

 うれしいとおもったんだ。

 かれは僕を糺したり調律したりなんかしない。どこへいったってきみは、僕がどうなったって、きっと生きてゆけるから、咎めてくれることのないことをちゃんと知ってた。ほおえみ以外を与えてはくれないと思ってた。やさしさに似せてほんものになれない、執着ただそれだけ、それが彼の持てる唯一のものだと思ってた。

 だけどその声は否定することだってできるんだ。

 こんなふうに、咎めることもできるんだ。

 こんなふうに、ちゃんと、咎めてくれるんだ。

 刺のある声をはじめて聞いたね。だけどこれは何度も繰り返されたことなんじゃないの、とおもった。僕が忘れているだけできっときみの必死とだっていえるかもしれない声色を僕はちゃんと知っていてそれだから僕はきみをすっかり疑うことなんてできなかったんじゃないの。だから信じてしまうんじゃないの。ねえ。

 こうして何度もほんとうに崩れてしまいそうになりながら、そのたびに引き留めてくれたのはきみだったんだろう。だけど僕はまた覚えちゃいられないよ。僕は僕の歴史を忘れることで均衡を保ってきたのだろうから。

 ねえ、それでも、忘れつくすことだってできないよ。

 こんな安堵を。

 こんな幸福を。

 視界はすべて光で埋め尽くされて塵のようなこまやかな粒子や破片が銀やこがねに輝いているばかりだった。もうなにもみえない。だけどそこにかれはちゃんといるんだろう。掌が、髪を撫でている感覚だけがあった。とてもあたたかいから、ここは、その腕のなかだとおもった。この体温を知ってる。とろりとした睡りの重力が目蓋を誘って僕はため息をつく。こうやって睡らせることでかれは僕のこころとからだとをとどめてきたんだろう。

 めざめのとききっとおぼえてはいないだろうけれど、それを知ってだから咎めてくれたんだね。僕がおぼえていられないのを知っているから、だからつかのま演技さえやめてくれたんだね。

 ねえ、いま、すこし心臓のあたりの軋むのを、なんとよべばいいかわからない。

 だからこれを、このあたたかさを、やっぱり幸福とだけよぼうとおもうよ。

 それからもういちどめざめを待つよ。

 僕は、きみの光の庭で。