二
傷つけるための高揚ならおぼえている。
そのころ僕をかたちづくっていたものが不安定さと劣等感と、それから子ども特有の無邪気さだったということも。
僕はあの子ーー〈妹〉に、やっと得た安堵というすばらしい宝石をうばわれたくなかったのだ。それがどれほど的はずれな感情だったかをいま悔いていても、きっと言い訳にもならないだろうけれど。
あのころについての靄がかった記憶を呼び起こそうとするとき、ひとつのことばが重要だろう。それはずっと幼い僕を支えてきた呪文だったから。そこから関連づけていくことにしよう。化石を丁寧に掘り起こすみたいに。
「〝あの光の星よりはまし〟」
かたいパンをひとくち齧り、となりにすわった少年が空に君臨する天体を指さしておきまりの呪文をつぶやいた。みなが口ずさむ魔法の文字列は、もちろん僕にとっても心地よかった。ひとえに安心を得られるという理由それだけで。
貧困のためにひとりで生きることになった子どもはどこにでもいる。
〝ひとりで〟というのは、血縁者に庇護されていない、という意味でだ。もちろん、そういった子どもたちのための保護プログラムーー〈救済協会〉は存在しているし、一般に想像されるほど機能不全でもない。むしろずっと清潔だ。きちんとした食事、適度な運動に娯楽、身元の証明。たくさんの家族とそれに平等な愛情。
だけれど、与えられたファミリー・ネームを紙切れ上のうそっぱちにしか感じられない者もいる。職員から向けられる惜しみない〈平等で完璧な〉愛情を感じながら、それでもなにか足りないものを探してしまっている自分に気づいてしまう子どももいる。欲しいのは正しさや博愛ではなく、ひどく偏った、独善的な贔屓であって、そしてそれを当然に赦されるようなたしかな繋がりなのだと。
ただの一度も会ったことがないひとの亡霊と幻想とを追いかけはじめると、どんな場所も〈ここではない〉場所になる。孤独に鎧われ、けれど中身はひどく脆くやわらかい、そんな生き物になって、いつも足許が揺らいでいることにおびえている。あたたかな腕を乞うくせ、差し伸べられたそれは他人のものであるかぎり満たされない。そのことにあきれ、絶望し、じぶんの貪欲と果てのない飢餓感を呪うのだ。その繰り返し。その繰り返しをこのさきずっと続けていくこと、それが生きていくということなのだと知るたび、心はひそやかに、どうして僕だったのと嗚咽するのだ。
求めるものは手に入らないと分かっていながら、けれど生ぬるいやさしさと同情がたまらなくもどかしく、いっそ救いさえない環境に身を置いてしまいたいと協会を抜け出した子どもは数知れない。
僕がそうだったように。
そうやって後ろ盾を棄てた子どもたちが生きるすべは、多くのおなじ境遇の先人によってじゅうぶんに発展してきた。
身を寄せあって暮らすこともそう。だから正確には「ひとりで」生きているわけではなかった。群をなしていれば、近づくべきでない場所、警備のうすい区画、廃棄を頂戴することに寛容な店などの、信頼できる情報が手にはいりやすかった。
とりわけ重要なのは≪瞳の洪水≫の欺きかただ。
その目にうつる景色をその人好みに装飾/簡素化し、コーディネートできる≪瞳の香水≫は、〈景色を調合しましょう。気分どおりの香水をまとうように〉といった謳い文句で、ずっとむかし(それがどれくらいむかしなのかを子どもたちは知らない)に売り出されて以降、生きるのに不可欠ではないが、普及率の観点から社会的に不可欠という位置付けを獲得している。
そこに敷かれたAR環境はいまや半公共的なインフラといってよかった。ひとがその身体だけで人とされた時代はとうになく、かつては感覚の拡張と呼ばれたものまで含めてこそ人だった。
コンタクトレンズ状のその装置はまさに「目に纏う副旋律」そのものだ。用意されたプラットフォームにアクセスし、そこから気に入った効果を購入することで視界をカスタマイズできる。効果にはたんに雪を降らすものや緑化などのイルミネーション的なかんたんなものから、景色そのものをそっくりほかの星の風景に置き換えるもの、ナビや興味の傾向から割り出したお勧めの衣服や店舗などの情報を提供するものまで様々で、人びとはこの拡張された感覚を当たり前のように受け入れている。
常に自分好みに被覆された世界ーーその代償は鞏固な現実の景色を見誤ることだ。
自分をオブジェクト化するためのコード。子供達はまずそれを欲しがった。もちろん正規に開発されたものではない。それを扱うビジネスが、そのまま街の序列を形づくっていた。
僕たちのような、大人とのつながりをうしない、救済協会にも属さない子供達は、いつしかオブジェクト・チャイルドと呼ばれるようになった。皮肉と憐憫を込めて。僕たちは見放された『もの』、視界を通り過ぎる物体と同じだった。
「あの光の星よりはまし」。その呪文もまた、そういった生きるすべのひとつだった。僕たちは環境を自分に最適化するための装置をもたないが、じぶんの環境をすこしでもましに思わせる古いやりかたは知っていたのだ。最悪な目にあったときに唱えれば憤りやみじめさのやりどころが見つかるし、幸運にであえたときに唱えればまだ人生も捨てたものでないといいきかせる、肯定のための魔法になる。
ただ、指差したあの光の星ーー照光衛星が、実のところ〈SOL.〉が展開した惑星開拓のための無人の機構のひとつであることを、僕たちは知らなかった。
子どもたちの口にする「光の星」とは、厳密にいえば〈SOL.〉それ自体のことだった。
世界でいちばん天に近い富の星。星ぼしの開拓と維持にかかせない照光衛星の唯一の開発と販売権利をもつ、星自体がまるごと一個の巨大な企業で、過去から現在に至るまで地上から上へ上へと生活圏をのばし続けた結果、人の棲む場所は空にも及ぶという。下層に聳え立つ柱があたらしい人工の〈床〉をささえる、みごとな建築のミルフィーユ。
〈SOL.〉が次々に発表する真新しいサーヴィス、かがやかしい仕事には誰もが夢中になった。観光のためだけにつくられた、たっぷりひと層を使った温室の、そのコマーシャル映像は記憶にあたらしい。照光衛星はもちろん、〈瞳の洪水〉もメルツェル・ドールも、これだけの星がありながらみんな〈SOL.〉に本社を置いている。まさに「光の星」だ。宏大な天の海の、まさに皓々たる光、一等星だった。そこに行けば最新鋭の医療や娯楽や美や音楽にありつけ、あらゆる人のうえへ立った気になれるのにちがいなかった。
僕らは、けれどその眩い光の背後に聳える闇の色をこそ見たかった。憧憬が嫉みへ転じるように、誰かがあの星の噂をながした。僕たちが見ているあの光、あそこには幾重にも堆積した苦痛と混沌とが息づいているのだと、そう言ったのだ。
それがほんとうかどうかなど少年にとってはどうでもよかった。あの光に強く惹かれながら、けれどもそれを拒絶さえしない、こちらのことなど関知しない、その圧倒的な、光の側に属するもの、それを貶めることでしか、僕たちはそこへ手を伸ばせなかった。ただ眺めることをだけ赦されたことが、それがどれだけ惨めなことなのかを、みなよくわかっていたのだった。
〝森〟へ行ってみよう、と言い出したのがいったい誰だったか憶えていない。
ほとんどの時間を一緒に過ごしていたふたりの少年の、そのうちのどちらかだったのだろうと思う。自分ではなかったということだけははっきりしている。あの薄暗い森について、かつて飛び出した施設の大人たちが言いきかせていたことばを、たぶん僕はそのとき思い出していただろうから。
古くからの伝承の類でさまざまなヴァリエーションがあったけれど、今にして思えばおよそ科学的なものはひとつもなかった。けれど、そのどれもが僕らのような子どもたちを遠ざけるための脅しとして有効だった。なかでも最も僕を怯ませていたのは、〝あの森をとおって辿り着ける場所はどこにもない〟という言葉だった。ただ森だけが果てなく広がっている、というイメージは、いやに具体的で生々しく、口を開けて人を待つ小径の繁みが、虫を食べる花のことなどを思い出させた。
「あそこはあんまりひとが通らないから、あぶないって言われてたんじゃないの。それに、なにもないかもしれない」
「なにもないかどうかなんか行ってみないとわからないよ」
不安を口にしたけれど、もうひとりはその提案に乗り気のようだったーーいや、ほんとうのところ、自生の果物や木の実や食用にできる植物が手をつけられずに残っている可能性があるんじゃないか、というようなことを言い出したとき、もうそれは満場一致で可決したのと同義だったのだ。
行くべきじゃない、とは止められなかった。
空腹なのは僕だって同じだったから。
少なくともこの街の在り方に敬虔であるかぎり、そこが僕たちの終点《行きどまり》であることなんて明らかに思えたから。
森の中では葉のこすれる音や獣の声がいやに大きく聞こえて、後悔や弱音を何度口にしたかわからない。それを揶揄うふたりの声もどこか上ずっていて、僕は何よりそれがおそろしいことのような気がした。
頼れるひとはいない。だれも。
ああ、でも、
と、ふたりの背をぼんやりと見つめて、ふと僕は思い当たった。
そんなのははじめからそうだったんじゃないのか、と。
場所がかわっただけだ。
助けてくれるひとは誰もいない。どこにもいない。下手をして二度と戻れないかもしれないのは、どこでだっておなじだ。たとえ街の中にいたってそうだったのだ。
そういう、世界だ。
僕たちのまわりにあるのは、ずっと。
そう思うとふしぎと、森の暗さなどたいしたことはない、という気になった。
よくよく耳を澄ませば、葉のざわめく音は、喧騒よりずっとおだやかだ……怒鳴り声よりもずっと。僕らのまとう襤褸きれみたいな服より、花や草の実のほうがあざやかだし、鳥の囀りは浄らかで、道端で歌われるどんな歌より澄んでいる。
森の中には路があることにはあったが、ほとんど獣道だった。かろうじてそうとわかるくらいの小径が二手に分かれていて、ここを集合場所にしようと言いながら、ふたりともひとりにはなりたくないのだということが、しばらくのあいだ降りていた沈黙から読み取れた。
「行くよ。僕」
僕の言葉にかれらはちょっとないくらい大げさに驚いてみせた。
「ほんとに?言っちゃなんだけど、お前は自分が思ってる以上に弱虫だぜ」
「だいじょうぶ。それに、ふたりだって行きたくないでしょ」
「……そりゃそうだけど……」
「もしかえってこなかったら、置いていっていいよ。
ほら、僕らはもともとひとりなんだから。だいじょうぶ」
ふたりは顔を見合わせ、なにか言いたげに口をぱくぱくして、それでもやっぱり反対はしなかった。止めようとしなかった。
当然だ。
(だって、家族なんかじゃない)
無償のつながりになんかさわれたことがない。
責めたいわけではなかった。止めてほしかったわけでもない。そういうんじゃない。寄り添っているふりして、僕らはじぶんのことで精一杯で、だれかのかわりになれるような余裕だって与えられなかった子どもたちだから、ふたりの、生きるための痛々しい薄情はそっくり僕も鏡写しだということ、僕らにはほかのだれが認めたって無理にでも自分のもとへ留めようとしてくれるような、僕にだけずっと責任を負ってくれるような、そういうひとはいないということ、ただそれだけだった。
ただそれだけが、そして僕らに埋めるもののない隙間をつくっていた。
二人と別れ、奥へ奥へと進んでいるうち、いつのまにかあたりを霧がつつんでいることに気づいた。
ふしぎなことにそれは風のように〝流れ〟ていた。
ひときわその流れのおおきな波があり、つめたさが頬をひと撫でして、思わず閉じた目蓋をふたたびひらいたころには、そこにはまったくべつの景色が広がっていたのだった。
それがただしい認識かどうかわからなかったけれど、そうと表現するのがいちばんよかった。
植生も、大気の感じも、ひかりの息吹も――ちがうものだ、と思わせた。僕がふれていた世界とは、たぶんちがうのだということだけが、まずわかった。
さらさらと風が吹いて、花が――果たしてそう呼んでいいのかわからないが――いっせいにそよいだ。
いちめんにみえる青い花弁は向こう側の色をすこしも損なわないほどに透明で、幾千のガラスのかけらがやわらかに動いたみたいな感じがした。
やわらかな花緑青の草床には、真白いシーツの掛けられた立派なテーブル、幾つもの椅子が並べられ、その卓上はさまざまなかたちの硝子の壜と、そこに生けられた褪せたような風合いの、乾いてなお美しい花々、そして甘いにおいの……ひどくやさしいにおいの……色とりどりのお菓子に彩られていた。
すぐそばに、そのひとたちはいた。
ふたりは花の束を抱えていた。男のひとと女のひとと、ひとりずつだった。どちらも少年や少女と呼ぶには幼さが足りず、大人と呼ぶにはまだあどけない感じがした。
微笑みあい、そこへ並んでいるだけではじめから対の像のようにみえた。女のひとの、つややかな、それでいてふれたならきっと柔らかい長く黒い髪と、男のひとの、背中で結われた絹めくなめらかな純白の髪とが、どちらをも引き立てあっている。
ふたりの、そのおたがいを眙める微笑は、うららかな春の陽のにおいがした。若々しい恋情と、老夫婦のようなおだやかないたわりとが、共存し、まざりあい、この世界に存在するすべての慈愛の、その記念碑的な立像のように感じられた。かつてくるまれていたあたたかな羊膜の記憶――だれもがいちどはひとの体温にはぐくまれ、そうやって生まれてきたのだという事実の、言いようのない恍惚感。高揚ではない、陶酔的なやすらい……
抱きとめて、確固たる証明をあたえてくれるもの。
そのとき、
どうしようもない焦がれが、
僕の中を衝きぬけた。
唐突に、なぜだか泣きたくなった。
似ている気がしたから。
顔も知らないひとに――迎え入れられるための〈家〉に。
たとえば僕を生んだであろうひと、僕の父や母、抱きしめてくれる胸、たくましい腕、何度も思い描いては搔き消した、そのぬくもりに。
そんなはずはないのに。
ひとりでに頬をつたうものに気づいて、うそだ、と僕は呟いていた。
その焦がれの正体を理解して、そしてそれを信じられなかった。
懐しいだなんて気持ちはまぼろしでしかない。生じようもないのだ。懐かしむための思い出さえ持ってはいないこと、それこそが僕へ穿たれた〈穴〉であり、のがれようのない痛みだったのだから。
感情を掻き毟られ、そうでありながら優しくなでられたような、たしかにそんな感覚が、僕のなかにひろがっていた。
どうしてこんな気持ちになったんだろう?
混乱で僕の頭はぐちゃぐちゃだった。まだ言葉を交わしてさえいないのに、ただ涙が溢れ、理由もわからないそれはとめようもなかった。
ただぼろぼろと涙を溢し、茫然と立ち竦む僕に気づくと、ふたりは顔を見合わせ、それからゆったりと微笑んだ。
女のひとは、そのうつくしい目を細めて告げた。
「かわいいあなた、どうして泣くことがあるの?
ねえ、お茶でも一緒にどうかしら。
おいしいパイが焼けたの。自信作よ」
そこは僕のみる幸福な夢の、つまりは叶わない祈りのその原風景に、とてもよく似ていた。
その日、僕たちは食卓を囲み、まるで家族みたいに話した。ぽつりぽつりと零した孤独を、ふたりは静かに聞きおわると、僕のからだをつよく抱きしめてくれた。そうされることがどれくらい、痛みや傷を溶かしてくれるかを知った。体温はあたたかく、やわらかな胸は花のにおいがした。ふたりは結婚しているということを僕に告げ、あなたのうちはここだと言ってくれた。いつでもここにあるのだと。あなたの帰りを待っていると。
その場所の存在をふたりの少年に話すことはなかった。
それはささやかな優越感によるものだった。何も知らない彼らの、平気そうにした顔の裏にひそんだたしかな飢えや焦がれを(ついこのあいだまで自分もそうだったというのに)見つけては、彼らとはちがうのだということをたしかめようとしていたのだろう。けれど、それだけではない、もっと切実な焦燥もそこにはあった。
あの道を進んだのが僕ではなかったとしたら、あのひとたちは今ごろふたりのどちらかに微笑んだのだ。
そう思うたび胸が軋んだ。
僕たちは社会から見離され、そしてそれもまた世の中の機構にすぎないのだとみんなどこかで気づいていた。しかたのないことなのだと。自分がこうあるのは本当に偶然で、社会のどこかにタブロイドコミックの悪役のようなわかりやすい敵が用意されているわけではないのだと。
だからこそ、選ばれるということそれ自体より、なぜ僕なのかという問いの答えがとりわけ重要だった。偶然ではないこと、必然的なつながり。結局のところ誰もがそれを求めてあがいていた。どうしてという問いに、あなただからという言葉だけを期待した。
僕らはそうでありながら、愛を向けられても確信を持てなかった。救済協会でもそうだった。手を差し伸べられてもそれは絶対ではない気がして、おそろしかったのだ。街の中で、当たり前につながれた手をみつめてはそれを恨んだ。どうして僕じゃなかったの、という言葉が呪いのようにまとわりつき、それを決してこれから得ることはないのだという事実をひどく惨めに思った。
絶対的な指標、無償の証をほしがった。誰にでもかんたんに証明できる永遠がほしがった。
それから幾たびも楽園のような箱庭に迎え入れられながら、けれど〈そこに来た子供〉であれば僕らはみな同じように愛されただろうという意識が僕を苛んでいた。
だけれど、おそるおそるそれを彼女にーー〈母〉に尋ねたとき、僕は後悔したのだ。
〈母〉はゆたかな慈愛をはらんだ目を細め、赤くうつくしい唇が歌うように言葉を紡いだ。おそらくは詩の一篇よりも僕にとっては官能的なこたえを。
「きっとそうでしょう。でも、ここへ来たのはあなただったの。
運命に選びとられた。偶然のことを、わたしはそういうようにしているの。あなたもわたしたちも、こうして会うように選ばれたの。それはお腹にやってきた赤ん坊と、ひとつもかわらないわ。だれもしらないの。その理由を」
〈母〉はそっと目を閉じ、僕の頭をやわらかな胸の中に抱きかかえた。白くうねる光沢のドレスが、ミルクのようになめらかに僕をつつんだ。
なぜ僕なのか、という問いに追いかけられてきた歴史が、ざっと清らかな波にさらわれていった。愛しているのだと告げられても、ただ貪欲に「なぜ」を求めてしまう呪いのような思考の螺旋を、「親と子のあいだにだってそんなものは最初から備わっていない」という至極当然の事実、そしてやわらかな肌と体温とが、力づくにうばっていった。
安堵が訪れ、そこで僕はようやく気がついたのだ。
じぶんが泣いているということに。